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石田淳
行動科学マネジメント研究所所長 [ 経営 ]
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第2回 何でも部下を褒めればいいわけではない
2007.01.17
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行動の分解はつまづきやすい行動の習熟にも有効
どんな業務にせよ、新人にとってつまづきやすい部分がひとつやふたつは必ずある。それ以外のところは1回説明を聞けばできるかもしれないが、つまづきやすい部分だけは何度説明を受けても、お手本を示されてもうまくいかない。このようなつまずきやすい部分は反復練習によって習熟することが必要だ。 たとえば営業職の場合、それはクロージングの技術かもしれない。あるいはもっと細かく、クロージングに入るタイミングかもしれない。そこまではスムーズに進んでいたのに、そこへきた途端につまずいてしまう。ベテラン社員は当然できるものと思い込んでいるから、どうして新人がつまずくのか理解に苦しむ。 行動科学マネジメントでは、行動を分解することによってその障害をあぶり出す。私がコンサルティングを行った企業でも、「新人はこんなところでつまずくのか」と驚いた上司がきわめて多い。かつてできる社員だった上司ほどこの傾向が強いようである。 このような、業務上つまずきやすい部分に習熟させるには、その部分に焦点を当てて行動を詳細に分解し、リストに書き出し、何度も繰り返させることが有効である。クロージングが苦手な新人に対しては、クロージングに絞り込んだチェックリストを作ればいい。そして苦手な部分を繰り返し練習させるのだ。つまづきやすい行動を克服するにはこの方法が最も近道である。
行動を継続できない社員には「リインフォース」を
続いて、「やり方を知っているのに継続できない」社員。実は、ほとんどの社員がこの状態にあたる。 たとえば、セルフマネジメントを例にとってみよう。英語を上達させるために必要な勉強、ダイエットをするための運動と栄養管理、タバコを止めるための禁煙、これらについては誰でもさまざまなやり方を知っている。それにもかかわらず、人はその行動を継続できない。社員の行動も同様である。ところが残念ながら、ほとんどのマネジメントメソッドが、この「継続する」という点について触れていない。 行動科学マネジメントでは、「継続する」ための要因、行動が繰り返されるようになる法則・手続きを「リインフォース(強化)」と呼ぶ。人間は、ある行動の直後に賞賛されたり報酬を与えられたりしてリインフォースされると、その行動を自ら繰り返すようになり、次第に定着・習慣化していく。リインフォースされない場合、その行動をしなくなる。これは行動分析学の実験データから明らかにされた法則である。 最も簡単なリインフォースの方法は、言葉や態度による賞賛、すなわち褒めたり認めたりすることだ。部下が望ましい行動をとったとき、上司はその行動に対して必ずリインフォースしなければならない。 しかし、日常的に行動をリインフォースするためには、何らかの仕組みを作ることが必要となる。たとえばある行動をした場合、言葉で褒める代わりに、スタンプやシールなどを与え、一定の数に達すると、ちょっとした品物や特権を与えるというようなものである。スーパーなどのポイントカードと同じ仕組みである。バッジやトークン(擬似貨幣)も同等の効果がある。 これらのツールは意外に大きな効力を発揮し、社員はスタンプやシールを集めようとやる気になる。こうした評価システムは楽しみながら働く環境を作ってくれる。そして、自発的意欲により行動を継続できるのである。ここが行動科学マネジメントの大きな特長の1つである。
部下を褒めさえすればよいか?
それでは、何でも部下を褒めさえすればよいのか。それは間違いである。なぜなら、部下はなぜ自分が褒められているのかを理解できないからである。行動科学マネジメントでは、叱ったり褒めたりする基準を「望ましい行動をしたかどうか」に置く。部下が望ましい行動をしたら褒め、必要な行動を学ぼうとしないときは叱責するという明確な基準がある。基準をはっきりさせないまま叱ったり褒めたりすると、逆効果となってアベレージ(平均)以下の社員を作ってしまうからだ。 また、報奨を与えることが大事なら、昇給や賞与などの報奨を与えて、モチベーションアップを図ればよいのだろうか。これは完全に間違いとは言えないが、単に金銭を与えるだけでは売り上げをアップさせる行動に直結しない。行動科学マネジメントでは報奨を与えるとしたら、望ましい行動をとった(あるいは成果を上げた)部下が対象となる。もう一つは、与えるタイミングも重要だ。報奨はできるだけ早く与えなればならない。 たとえば、大きな商談をまとめた見返りに30万円のボーナスを出すとしよう。せっかく大枚をはたいても、これを半年後に与えたのでは「よし、またがんばろう」という気にはならない。タイムラグが長くなればなるほど効果は弱まっていく。ボーナスを出すなら、成果を上げた直後に渡すべきだ。しかし一般の企業においてこれは現実的ではないと思う。
日本的マネジメントの良さを見失ってしまった日本企業
1970年代、日本企業がアメリカ経済を席巻した。自動車、鉄鋼、機械などの産業分野でアメリカ企業は急速にシェアを奪われ、メーカーは次々と倒産した。 アメリカ企業の経営者や経営学者たちは日本企業を徹底的に研究し、大躍進の秘密がチームワークにあることを突き止めた。そして、彼らは競って日本型マネジメントを取り入れたのである。 それまでのアメリカ企業では軍隊型マネジメントが主流だった。「Do it!(やれ)」と命令し、威圧することによって部下を統率する。部下の主張には耳を貸さない。貸す必要もないと考えられていた。 日本型マネジメントはこれと180度異なる。まず、チームワークの基盤に強固な人間関係が存在する。日本人は上司に尽くし、部下をかわいがり、同僚との軋轢を避け、会社への帰属意識がきわめて強い。マネジメントもこの人間関係の上に成り立っていた。 行動科学マネジメントはこうした日本研究を踏まえて作り出された。アメリカ人は日本型マネジメントのいいところを見習いながら、関係性を重視したマネジメントメソッドを研究した。リレーションシップを取り入れることで職場に人間関係を築くよう努めたのである。さらに、科学的な知見に基づいた手法を開発し、それによって上司は部下と対話することをシステムとして実現した。 約10年を費やしてアメリカ企業は一変した。部下は上司に親しみを抱き、同僚は互いを認めあい、協力しあう。チームワークを作り上げたことで、誰もが進んで働く環境が整った。 それから数十年。日本企業はバブル崩壊によって自信を失い、グローバルスタンダードといった風潮に流され、結果だけに焦点をあてた成果主義をこぞって取り入れた。何のことはない、それはかつてのアメリカ企業が実践して苦い経験を踏んだマネジメントであった。アメリカのコンサルタントはこの逆転現象を「なぜ日本人はいいものを捨てたのだ?」と、皮肉なものとして受け止めている。
行動科学マネジメントが日本経済を救う
日本が、結果だけに焦点をあてた成果主義に走った結果、何が起こったか。自分さえよければいいという風潮が蔓延し、職場はギスギスした雰囲気に支配されている。その反面、予想以上の成果が出ず、むしろ弊害ばかり目につくようになってしまった。上位20%の社員にとってはいいが、残りの80%の社員は成果を生み出せず、離職率のアップという弊害も生まれた。日本企業の力の根源だったチームワークは今や風前の灯である。 古いアメリカ型マネジメントにいつまでも目を奪われていてはいけない。われわれは日本型マネジメントの良い部分を見直す必要がある。職場に人間関係を再構築し、無敵のチームワークを取り戻すことが緊急課題である。人口減少が現実のものとなった今、日本経済の国際競争力を回復するにはそれしかない。 たしかに時代は大きく変わり、人間関係を築くにしても、かつての日本型マネジメントそのままでは通用しなくなってきている。昔ながらの「飲みニケーション」が部下に受け入れられるとは考えにくい。それだからこそ、人間の行動原理から生まれた科学的メソッド「行動科学マネジメント」によって、新しい方法で人間関係を築くことが有効である。 人材マネジメントはアメリカ型に偏ってもよくないし、日本型に偏ってもよくない。両者の長所を組み合わせた行動科学マネジメントこそ理想のマネジメント手法である。行動科学マネジメントは、日本経済に明るい未来をもたらすだろう。
アメリカでは600社以上が導入済み
行動科学マネジメントは、日本でこそあまり知られていないが、アメリカでは「Performance Management」として、ボーイング、アメリカ航空宇宙局(NASA)、3M、クライスラー、フォード、ゼネラルモータース、ウォルマート、オフィス・デポ、シティバンク、ニューヨーク州運輸局など、官民合わせて600以上の企業・機関・団体が導入し、成果をあげている このメソッドを学ぶ人は次の5つのメリットを得ることができるだろう。 @あらゆる業種業態、企業規模に関わらず対応できるマネジメントとして活用できる A他の戦略メソッドや戦術を活用していても、融合して活用することができる。 B売り上げを伸ばすマネジメントを作る方法が分かる。 Cトップ社員のパフォーマンスを維持、継続できる。 Dアベレージ(平均)社員をトップ社員に伸ばす方法が分かる。 Eアベレージ以下の社員をアベレージ以上に伸ばす方法が分かる。 他にも、セルフマネジメントへの応用として時間管理、行動管理、ダイエット、英語の学習、禁煙も難しいことではなくなる。 これらについては、次号から詳しく解説したい。
PIP分析であなたの会社の潜在能力を測る
連載の末尾に、ちょっとしたテストをやってみよう。 あなたの会社で行動科学マネジメントを導入した場合、効果はどの程度得られるだろうか。ギルバート博士によるPIP(Performance Improvement Potential)分析を使って割り出してみてほしい。 PIP分析はパフォーマンスの改善ポテンシャルを求めるPIP分析の公式である。手持ちの人員とコストでどれだけ売り上げを伸ばすことができるか、その最大値が分かる。 Weはトップ営業マンの売り上げ、Wtはアベレージ営業マンの売り上げを示す。ここにあなたの会社の数字を当てはめるだけでいい。 トップ営業マンが月間1000万円、アベレージ営業マンが月間500万円の売り上げを上げているとしよう。 1000万 PIP= ―――― 500万 約分すると「2」となる。これは現在の人員とコストで二倍のポテンシャルを秘めていることを意味する。アベレージ社員をトップクラスのレベルまで引き上げることができたら、売り上げは二倍になるということだ。そして、行動科学マネジメントを導入することで、目標を現実的で計算できるものとすることができるのである。
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