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本間 裕
経済評論家、第一商品「経済・商品セミナー」レギュラー講師 [ 資産運用 ]
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戦後の日本/絆の再構築
2011.06.20
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●戦後の日本
「戦後の日本」を考えると、大別して、 「1950年から1980年」までの「成長期」と 「1980年から2010年」までの「衰退期」に 分けられるようである。
つまり、「戦後の焼け野原」から、人々が心を合わせ、 「世界に冠たる経済大国」にまで到達したのが、「前半の30年」であり、
その後の「30年」については、「バブルの発生と崩壊」に象徴されるように、 「人々の心」が「お金儲け」だけに向かい、結果として、 「実体経済の成長」においては、「ほとんど停滞していた時期だった」ということである。
より詳しく申し上げると、「1980年代の10年間」というのが、 「マネー経済が大膨張した時期」であり、この間に、 「GDPの内容が大きく変化した」ということである。
つまり、「金融業の発展」や「金融資産の大幅な増大」からも理解できるように、 「富の蓄積」が進展した結果として、多くの人が、 「より多くのお金を儲けたい」と考え始めた時期だったということである。
しかし、当然のことながら、「欲望」の裏側には「恐怖心」が存在し、 「多くの資産を持てば持つほど、失った時の恐怖心が大きくなる」 という結果に繋がったのである。
別の言葉では、「1950年当時の日本人」は、現在の「東北の被災者」のように、 「財産や家屋など、全ての資産を失った」という状況でありながら、 「復興に対する、強い思い」を持っていたことが考えられるのである。
つまり、「これ以上、失うものはない」という考えのもとに、「チャレンジ精神」を発揮しながら、 「果敢に、新たな事業を興し始めた」という時期だったのだが、 「1980年代以降の日本人」は、「蓄積された富を守ること」に専念した結果として、 「チャレンジ精神」が失われてしまったのである。
換言すると、「欲望」と「恐怖心」が増大したことにより、 「安全な資産」を求め始めたということだが、このことが、 現在、「毎月分配型のグローバル・ソブリン債」などが、 大幅に増加した原因とも言えるのである。
しかし、過去の歴史を辿ると、どのような時代においても、 必ず、「落とし穴」のような時期が存在し、 「全ての金融資産が、大幅に価値を失う」というような時代が存在するのである。
別の言葉では、「ネズミが、一斉に崖に向かい、海に飛び込む」というような状況が存在し、 その後に、「新たな時代が始まる」ということの「繰り返し」が起きているのだが、 今回も、そのような時期が近付いているようであり、 このことが、「金融の大地震と大津波」が意味することだと考えている。
●「絆」の再構築
「3・11の大震災」以来、「絆」という言葉が見直されてきたようである。 つまり、本当の意味での「人間関係」や「社会関係」が再考され始め、 人々は、ようやく、「本当に大切なもの」に気付き始めたようだが、 基本的な事としては、「A」という人と「B」という人の間には「一本の糸」が存在し、 その糸を辿っての「心の方向性」が、全ての関係を決めるものと考えている。
つまり、「絆」という字は、「糸」と「半」という文字に分解されるのだが、 このことが意味することは、「お互いの心」が相手に向かい合い、 双方が「均等な思いやり」を持った時に、初めて、 「絆」という「信頼関係」が生まれるということである。
しかし、「自己中心主義」に陥った現代人は、 「心の方向性」が自分だけに向かうことにより、 「自分が正しく、相手が悪い」というような考えを持った結果として、 「人間関係が崩壊した社会」が生まれたのである。
別の言葉では、「欲」という言葉で表現されるように「自分の利益」だけを重視し、 かつ、「お金が、最も大切なものだ」という考えを抱いた結果として、 「信頼関係」が崩壊したということである。
つまり、「お金」というのは、「信用」を形にしたものになるが、 「人々の関心」が「お金」に向かい、「お金の残高」が増えれば増えるほど、 「人々の信頼関係が崩れる」という結果をもたらしたのである。
しかも、今回は、「1971年のニクソン・ショック」以降、世界中の人々が「お金」を求め、 「他人を犠牲にしてまでも、自分の利益を求める」というような社会が形成されたのだが、 このことがもたらしたものは、反対に、「全てのことが信用できない社会」だったのである。
そして、このことが極まったのが、今回の、「菅首相の辞任劇」だったようだが、 「一国の首相が、国民を騙してまでも、自分の地位を保全しようとした」ということは、 現在の「リビア」のように、「カダフィ大佐が、国民を殺してまでも、政権を保とうとしている姿」に 重なって見えるのである。
このように、現在の状況としては、「人々の心の方向性」が、 徐々に、「他人」に向き始め、「思いやり」の心が広がるとともに、 「自分の利益よりも、他人の痛みを共感しよう」という行動に繋がってきたものと考えている。
しかし、現時点での、最も大きな問題としては、 「根の無い切り花」のように、「根本の信用」が無くなったにもかかわらず、 「形」だけが依然として残っている「金融商品の存在」とも言えるのである。
そして、この問題に、本当の決着が付いた時に、初めて、 「人々の思いやりが行き届いた、素晴らしい社会」が形成されることになるようだ。
2011年6月9日 本間裕(経済評論家、第一商品「経済・商品セミナー」レギュラー講師)
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