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石田淳
行動科学マネジメント研究所所長 [ 経営 ]
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第1回 組織と人を成長させる行動科学マネジメント
2006.12.25
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行動科学に基づいたマネジメント手法
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ビジネスとは人の行動の集積であり、人を得てこそ事業は順調に成長する。企業経営において最も重要なのは人材の育成である。なぜなら、目標を達成するのも人、問題を解決するのも人であるからだ。 ところが、一般的な企業では必ずしも効果的な人材育成がなされていないように思われる。たとえば仕事のできない部下に対して、日本の上司はしばしば次のように叱責する。 「なぜこんなことができないんだ」 「常識で考えれば分かるだろう」 こうした言葉を投げかけても、部下の力は決して伸びない。逆にやる気を削ぎ、ますますパフォーマンスを低下させてしまう。なぜなら、叱るときの焦点が行動に当てられていないため、人格を否定することになってしまうからだ。 だからといって「褒めて伸ばしなさい」と主張するつもりもない。部下を褒めることはたしかに大切だが、褒めるだけで伸びてくれるなら誰も苦労しないのである。叱るにしろ褒めるにしろ、行動に焦点が当てられなければ効果はなくなる。一見、効果がありそうに見えながら、実は部下のパフォーマンスを下げてしまうのだ。 本連載をお読みいただくと、従来の日本のマネジメントが論理と科学的根拠に欠けた不完全なものであることがご理解いただけるだろう。 私の提唱する「行動科学マネジメント」は、行動分析学をベースとする人材育成メソッドであり、人間の行動の法則に立脚した科学的なマネジメント手法である。科学的とは「いつ、どこで、誰がやっても同等の成果が得られる」ことを意味する。すなわち実験再現性を備えているかどうかが問題なのだ。勘や経験に頼ることなく、常に行動の法則に目を向けて部下を導くのが正しい人材マネジメントだと言える。 この手法を用いると、できない部下が見る見るうちに成長し始める。上司の目が届かないところでも進んで働き、自発的に目標達成に取り組み、自ら問題解決に当たるようになる。そして仕事が好きになり、上司が好きになり、会社が好きになる。特別なお金はかからず、大した手間も必要ない。それでも社員一人ひとりがやる気を出し、結果的に会社全体のパフォーマンスを格段に向上させることもできるのである。 行動科学マネジメントは、従来のマネジメントとは異なる2つの特長を持っている。 第1に、従来のメソッドと融合して活用できることである。新しいメソッドを導入するとき、今までは人や企業文化を、無理にねじ曲げてでもそのメソッドに合わせることを要求された。行動科学マネジメントは、現在あなたの会社で使っているメソッドを否定しない。つまり、今までのマネジメント手法を捨てなくてもよいのだ。どのようなメソッドとも共存できるため、企業文化を壊すことなくスムーズに導入できる。 第2に、結果だけでなく行動にも焦点を当てることである。従来の多くのメソッドは結果しか見ず、結果だけを測定し、結果だけを強化し、結果だけを評価し、結果だけを表示しようとしていた。行動科学マネジメントは、従来のマネジメントが顧みなかった「行動」にも焦点を当てている。行動と結果の両方を重視してこそ、人は自発的に行動し始めるからである。
素人が飛行機を操縦できるだろうか
一口に「できない社員」と言うが、そもそも彼らはなぜ仕事ができないのだろうか。私はよく飛行機のたとえ話をする。 「飛行機を操縦しなさい」 いきなりこう言われたらたいていの人が面食らうだろう。なぜなら、操縦したことがないからだ。知識も経験もない未知のことを「やれ」と命じられたとき、人は困惑する。何をどうしていいか分からず、途方に暮れてしまうのだ。「やる気があればできる」などと激励されたところで、飛行機の飛ばし方は分からない。 しかし、多くの上司がこのことを理解していない。だから「なぜできないのか」「常識で考えろ」と頭ごなしに叱りつける。操縦方法を知らない人に罵声を浴びせているのと同じだ。叱られた当人は萎縮し、「自分にはとても無理だ」とやる気をなくしてしまうことになる。これをマネジメントと言えるだろうか。無理難題をふっかけて人材を育成できるだろうか。 人間が行動できない理由はたった2つしかない。第1は「やり方を知らない」場合。飛行機の操縦がこれに当たる。励まされようと叱られようと、知らないことはやりようがない。第2の理由は「やり方は知っているが継続できない」場合。モチベーションを維持できない場合と言い換えてもいい。つまり、この2つのパターンさえ解決したなら、できない社員はいなくなる。これが行動科学マネジメントの考え方である。
「できない」社員はやり方を知らない
まず「やり方を知らない」社員に対しては、やり方を教える必要がある。 「仕事のやり方ならとっくに教えている」 あなたはそう反論するかもしれない。しかし、その反論を行動科学マネジメントの観点から検証してみると、途端に根拠がぐらつくことを思い知らされるだろう。「教えた」と言う上司に限って、実は正しいやり方を教えていないケースが圧倒的に多いのだ。 教える側はベテランだから、仕事はできて当たり前という意識を少なからず持っている。新人がつまずくと、なぜつまずくのか理解できない。あれだけ教えたのに何を困っているのだと苦々しく感じ、やがて「あいつは仕事ができない」「やる気がない」というレッテルを貼ってしまう。 このような悲劇が生まれる原因は、教えるべきことを教えていないことにある。ちゃんと教えたつもりでも、実際には重要なポイントを教えていないことが多い。上司や先輩は故意に教えなかったわけではなく、まさかそんなところに重要なポイントが隠れているとは考えてもみなかったのだ。教える側がベテランであればあるほど、このギャップが発生しやすい。OJTと呼ばれる新人研修で、このギャップに気づかないまま進められている場合も少なくない。その結果、何もできない新人が現場に配属され、「なぜできないのか」と怒鳴られることになる。 このギャップをもう少し詳しく説明しよう。ベテラン社員の場合、仕事の大部分は常識に属することだと思い込んでいる。その中には重要なポイントが隠れているのだが、ベテランの目では重要性が見えない。常識をわざわざ教える必要はないと、無意識のうちに省略してしまうのだ。一方、つい昨日まで部外者だった新人は、業務の何たるかを知らない素人である。先輩や上司はこの点を完全に見落として、具体的な業務の進め方ではなく、精神論やビジネス作法を教え込む。これでは、その日から業務をこなせるわけがないだろう。 やり方がわからない社員には、行動を具体的に分解して、リストに書き出すことが有効である。行動を分解することは決して難しくない。まず分解するべき行動を決める。たとえば営業職なら、商談の流れを分解してみるといいだろう。用意するものは文具店で売っている大きめの付箋。ベテラン社員が現場でどんな行動をしているか、ひとつひとつ書き出していく。この作業はベテラン数人でやることが望ましい。そして、書き出した行動を実際の流れと同じように並べ、清書してコミュニケーションシートを作成する。 このリストを渡せば、仕事内容は遺漏なく教えることができる。また、この方法は、やり方を理解してはいるが、つまづきやすい行動にも有効である。
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