□すべてがいい方向へ転がる“燃える集団”とは?――――本日のゲストは『マネジメント革命』の著者、天外伺朗さんです。本書は産業界に大きなインパクトを与えた本でした。本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。――――早速ですが、この本を書こうと思われたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
私は去年の5月にソニーを辞めたんです。42年間も勤めましたが、最後の頃にはソニーがグジャグジャになりましてね。その時に、昔、創業者の井深大さんが社長であった時代のソニーと、グジャグジャになって地獄の様相を呈しているソニーと一体何が違うんだろう、とずっと考えたわけです。そしてある日はたと、今まで我々が思っていた企業の経営とかマネジメントの常識というものは全部間違いだ、ということに気が付いた。それでそのことを1冊の本にまとめたんです。――――これまでのマネジメントの常識の間違い、とはどういうことなのでしょうか?
具体的に申し上げますと、例えば私はコンパクトディスクとか、業界の方はよくご存知ですがNEWS(ニューズ)というワークステーションを爆発的に売ったこともありました。それからAIBOもこさえたわけですが、そういうものをやっている時に“燃える集団”という現象に気が付いたんです。――――“燃える集団”というのを具体的に教えていただけますか?
皆が集団で一生懸命やっていると、突然スイッチが入る。“燃える集団”というと何となく皆が一生懸命仕事をしているような雰囲気がありますけれども、そんな生易しい話じゃなくて、状況が全く変わるんですよ。僕の場合は技術開発ですから、エンジニアがスーパーエンジニアに変わってしまう、と。アイデアが湯水のように出てくる。ものすごく困難な問題が迫ってくるけれども、それを突破していっちゃうんですね。普通だと逃げ出してしまうような問題を突破していってしまう。
それだけではなくて、どう考えても運が良いとしか思えないような現象が出てくるんです。どうしても必要な人にバッタリ偶然会う、とかね。技術開発の場合なら、こういう部品があるといいのに、と言っているとどこかがその部品をパッと発売するとか。それくらい本当に運が良くなったような現象がバタバタと起き出す。そういう特殊な現象に気が付いたんです。それに“燃える集団”という名前を付けていたんですけれども、ソニーがおかしくなった頃にはもう誰も燃えなくなっていたんですね。鬱病が非常に増えましたし。□成果主義では実現できない“燃える集団”の鍵とは?それが何故かということをずっと考えていたとき、『パワー・オブ・フロー』という本を読みまして、それに答えが書いてあったんです。その本には、「フロー」というものに入ると非常に運が良くなる、ということが書いてあった。フローという言葉を知ったのは初めてだったので、インターネットで調べて関連する本は全部読みました。すると「フロー」というのはチクセントミハイという心理学者が1960年代からずっと研究していることで、夢中になって何かに取り組む状態を言うんです。その“夢中になって何かに取り組んでいる状態”の時に運が良くなる、ということを書いた本があったので「これは多分、フロー理論で全部説明できる」と思って、実はのこのことアメリカまでチクセントミハイに会いにいったんですよ。――――チクセントミハイ氏にお会いになったんですか。
これもものすごい偶然だったんですけど。――――会うことができた、ということがすごいですよね。
ええ。それも僕が行くのを断っていたシンポジウムに、ふと資料を見たらチクセントミハイが講演することになっていたんです。ものすごい共時性なんですけどね。この本の前に僕は『運命の法則』というベストセラーを1冊書いていますが、共時性にぶち当たったらそれに乗っていけ、というのが1つの経験則から出てきた運命に乗る方法なんです。
その時もただシンポジウムに出たのではなくて、チクセントミハイと昼食の約束を取り付けたんですね。これも八方手を尽くしましてね。天ぷらが食べたいと言うので、カリフォルニア州のモントレーで天ぷらをご馳走していろいろと話を伺ったわけです。海辺の町で天ぷらはすごく美味しいんですけど、だんだんと天ぷらが喉を通らなくなってきてしまった。――――参考になるお話が聞けなかったのですか?
なぜ僕がチクセントミハイに会いたかったかというと、チクセントミハイ自身の口から「フローに入ると運が良くなる」ということを言わせたかったんです。でも絶対に言わないんですよ。学者だから言わないんです。「私は学者だから、一応合理的に説明できる範囲内でしか言えない」と。「確かにフローに入るとマインドがオープンになるから運が良くなったような気持ちになるかもしれないけれども、そうだとはとても断言できない」とかね。僕はそれを『運命の法則』という本のハイライトにしたかった。ところがその構想がダラダラと崩れていくわけです。
でもチクセントミハイが突然「この場であなたと会うというのはすごいことだ」と言いはじめた。「今日の私の講演は、ソニーの設立趣意書から始まるよ」と突然言い出したんです。ものすごい共時性だと。彼はユング派ですからね。共時性はちっとも合理的ではないですけども、すごい共時性だということを言い出しまして。
ソニーの設立趣意書の最初に「自由闊達にして愉快なる理想工場」というのがあるんです。もちろんその英語版をパワーポイントで見せて、これがフローに入るコツだよ、と彼は言ったんですよね。
ということは初期のソニー、創業期のソニーというのは会社中が“燃える集団”になっていて、会社中がフローになっていた、ということが明らかなわけですよね。それが最近のソニーにはなくなってしまった。
それはなぜか、ということになるわけですが、フローに入るためにはいくつかの条件が必要なんです。その中の一つに「内発的動機に基づいて行動しないとフローに入れない」といいうのがあるんですね。――――「内発的動機」といいますと?
内発的動機の逆が外発的動機。お金のためとか名誉のためとか出世のためとか、外から与えられるものに対する動機が外発的動機ですよね。この外発的動機が強くなると内発的動機を抑圧する、というのがチクセントミハイの持論なわけです。
ソニーも成果主義を導入しましたから、そうすると基本的に皆、外発的動機が強くなってしまって、内発的動機が抑圧されてしまう。だから誰もフローに入れなくなって、“燃える集団”ができなくなってしまう、という根本原理がわかったわけです。(2)に続く