(10)制度の高い調査に何が必要か【藤田】僕らは今、新しい調査フローの開発を随分やっています。何が今まで問題だったかと言うと、例えばアイスクリームが二つあって味は同じ。でもこっちはカロリーが半分ですが、どっちを買いますかとテールをかけても皆、違うほうを買うって言うんですよね。実際店頭に置くとカロリー半分のほうは全然売れないんです。それは何なんだっていうところを解明していかないと調査の意味が無いということを、僕らはここ3年間やってきて思います。
その時に、多分今の調査のフローの中に入ってこない幾つかのファクターがある。僕らが思ったのが、カロリー半分だったら何か変なものを使っているんじゃないかとか、体に悪いんじゃないかとか、そんなことは有り得ないとか、実は違うところのファクターが結局最終的な購買事情にものすごく影響しているだろうというところです。
その中で我々は二つのことをやっています。一つはインサイトを取ってくる、デプスインタビューみたいな形でいろんなアングルからやって、何とか精度を高くしていくということ。もう一つは限りなく購買の裾野、まさに店頭で買うのと同じような再現状況・状態に追い込んでいって、予見もある程度与えて判断させていくということ。この二つでやって、だいぶ精度が高いものが出来てきたんです。
【関橋】 そうですよね。最終的にone to one になると思うんですけど、最近よくやっているのは、フォトダイアリー法。1,000枚位の写真から自分で絵を選ばせたり、絵を作らせる。あれが一番気持ちを表現しますよね、何の色を使ったかとか、どんな景色を選んだかできっとこういう事を深層では選んでるんだなって。人間って最終的には90%の無意識で判断しますよね。その無意識を意識化させるわけです。
【藤田】それが難しいのは、無意識の自我と意識している自我が随分違ってたりする。
【関橋】 全然違うでしょうね。
【藤田】人と相対する時って意識している自我で語るじゃないですか。
【関橋】 多分、調査すると意識のほうばっかりで言うから、それは当たってないかもしれないですよね。ですから仮説を先にこれに対してどうなんだ、という風に探していかないと大外しになることが多いですね。
【藤田】私も或る時期から、いろんな調査会社とも話をしたし、いろんな所へ行った。でも、あまり今の調査には反映されてない気がする。
【関橋】 それはやっぱり、今までの調査の手法があって、それでお金を儲けているっていうパラダイムがあるからでしょう。だから僕らはもう殆どそういうのは使わないです。いわゆるインサイトを専門に調査する人が何人かいるので、そういう人を使って自分達で組み立てる。
【藤田】どっちかと言うと職人的な勘とかですよね。だからそういう意味で暗黙知みたいなところがありますよね。
【関橋】 ありますね。だから調査する人も読む人もクリエイティブじゃないといけないんですよ。瞬間的に「あぁ、こういうことなんだ」って。
【藤田】そうするとね、調査も僕が立ち会わなきゃいけないんですよ。でも調査なんか全部立ち会っていられないじゃないですか。その辺は要請出来ないんですかね? フォーマットがあれば少なくとも出来るかなと思うけど、なかなか今は体系がまだ出来てない。
【関橋】 出来ないですね。だから僕は相棒と二人で、アカウントプランニング講座のような研修をやっているんです。「ロジックからマジックへ」と言ってロジックとマジックを二人で担当してグジャグジャにする講座をやっているんですけど。そうするとその中で勘の良い子が育ってきている。そういう人を増やしていくしかないですね。
【藤田】持って生まれたセンスみたいなものが大きいですよね。
【関橋】 センスもあるし、その時にどう変えられるかですよね。アティテュードを変えられない人は駄目だなと思う。アティティテュードを変えられる人はポテンシャルがすごくあります。やっぱり出来ないと思わずに、固定観念からフリーになっている人のほうがいいですよね。固定観念からフリーな状態に持っていける人。
(11)クライアント自身に望まれるもの【藤田】私は大学が慶應大学の人間関係学科というところで、井関先生に行動科学を学びました。行動科学とかパーセプションとか、それをずっと教わって、その時から「あぁ、そうなんだな」というのは何となくあったんですけど、あまり実社会でそれを感じなかったんです。でも、最近の仕事をやるようになってからはすごく感じるんです。
【関橋】 僕もすごい感じますね。僕も3年位前かな、心理学をちょっと勉強していて。衛藤信之っていう面白い人がいて、その人について一年ぐらい勉強したら、すごいよく分かってきました。
【藤田】僕にとっては行動科学ですね。結局メカニズムって多分どこかに共通のところが分かるんだと思うんです。
【関橋】 そういうところを理解していないで、例えば調査したり読んだり何か戦略を企んでも、人は動かないですよね。
【藤田】もう一つすごく思うのは、今のは我々エージェンシーがどうやって得意先を手伝うかという話なんですが、一方で事業主体者、得意先自体は本来だったらそれは得意先の中に集積していかなきゃいけないものなんですけど、それが日本ではなかなか育ってないんじゃないかということ。
【関橋】 ないですね。ほとんど何も考えずにブリーフでも代理店に丸投げ状態です。本当にクライアント自身が、このブランドをどうしたいというゴール、ビジョンをしっかりと持っていてほしい。そんなクライアントと仕事すると幸せですよね。答えがはっきりしていますからね。
【藤田】でも、特に食品メーカーなんていうのはなかなかいないですよね。唯一、製品のブランディングのフェーズのところだとかまで作らせていただける得意先はすごく楽しい。
【関橋】 藤田さんが、素材メーカーでいらっしゃっていて、今みたいな考え方をされたきっかけとかって何かあるんですか?
【藤田】きっかけは、まさに先程お話したように、クライアントはきっとそうゆう多角的でトータルなアプローチは絶対イメージできないんなんだなと思ったんですね。だからクライアントには期待しちゃいけないんだ、だったら自分がすごい努力をしようと思った。しかも当時はPRの本も無いし、ブランディングの本も無い中で、自分が作り上げていくしかないんだと。もともと大学でマーケティングをやっていたというのもあって独学です。教育は本当に受けてないんです。
【関橋】 そうなんですか。勘が良いんですね、きっと。
【藤田】何となくなんですよ(笑)。
【関橋】 クリエイターなんですよ、だから(笑)。クリエイティブの要素が強いんじゃないですかね。アル・ライズっていう人が「ブランドは広告で作れない」(翔泳社)という本を書いてて、PRのチカラを強調していましたが、本当にPRをすごく上手に利用している企業は少ないですよね。
【藤田】それも実は僕の本のテーマの一つになっているんです。ただ、僕はIMCっていう考え方をすごく持っています。キシリトールについてもそうだけれど、PRみたいなアンコントローラーのようなものだけでブランディングをしていくのはものすごくリスキーだなと思うんです。やっぱり広告っていう、読めるものを上手く使っていきながら如何にそのバランスで役割を分担させていくかっていうシステムだと思うんです。
【関橋】 僕もそう思いますね。PRって心の中に信頼の芽を作るのが良いんですよね。センサーのようなものを作ってあげられるじゃないですか。でもそれで全てを信頼している訳じゃないんです。そこに何らかの情報とか刺激が必要になってくる。まさに刺激と反応みたいなことです。
【藤田】認知がないとそれってなかなか気付かないんじゃないですか。だからPRだけではなく、情報の絶対量とタイミングのフレークエンスが必要じゃないですか。
【関橋】 それをやっていかないと、PRだけでモノが売れるなんていうことはあり得ないですよね。
(12)クリエイティブアイディアを中心に置く【藤田】PR会社はPRで売れるんだって思いたいし、広告会社は広告だけで売れるんだって思いたい。お互い譲らないような場面がたくさんあるんです。大手代理店のIMCの局の人達と仕事すると、彼らにとって所詮PRは手段でしかない。でも彼らにはマーケティングのスキルがあまり十分とはいえなくて、自分の本当の力とか思いとかを伝えきれないんです。多分ここに誰かがいないと成り立たないな、と思った。或る時期からそれを自分がやろう、という風に思ったんですよね。
【関橋】 円の中心にいる人ですよね。僕らがやる時にも、その円の中心にクリエイティブアイディアがあって、それを全てのアクティビティに、PRだろうがCMだろうが何だろうが全てをやっていくっていう風にすると齟齬が無いですよね。今までの広告マーケティングって全部齟齬だらけだった。これはこっちの人がやって、あれはあっちの人がやって、全然バラバラじゃん、みたいな。お金の無駄ですよね。だから本当にサークルの状態にならないと、お客にとってはとてもお金が無駄だと思うんですよね。
【藤田】それってちょっと考えれば分かりそうな気がするんですけど、なぜ皆やらないんですかね?
【関橋】 本当に不思議ですよね。多分、藤田さんは自由なんですよ、物事に。いろんなところで僕も研修してきたけれど、すごく固定観念、既成概念が強いですよ。めちゃめちゃ強くてそこから抜けられないんです。「これやったら駄目なんじゃないか」とか、『ねばならない』思考が多いんですよ。何々しなければいけない、何とか売り上げを上げなければいけない。そうじゃなくて、「こうだったらいいのにな」って思えばいいじゃないですかね。『だったらいいのにな』思考で全ては出来てますね。
【藤田】何々するかしないか、しかない。でも皆出来ないから、僕は素材会社からスピンアウトしようと思った。皆が出来ないことをたまたま気付いたんだから、それを仕事にしたほうが良いんじゃないか、と思って。
【関橋】 僕は今日お会いするまで、素材会社の人だから全然違うタイプの人を想像してたんですけど、まるで僕と同類みたいな人でびっくりしましたよ、本当に(笑)。物事に囚われていないということがものすごく重要だって最近すごく思っているんですよ。物事に囚われないで、自分で自由に何事でも発想していくということがマーケティングで最重要じゃないですかね。
【藤田】例えば会社でちょっと難しい場面があったとして「来年、俺こうなるからさ」と言ったとして。でも絶対そんな風になれる筈がないという時ってある。ところが、来年まで努力してそうなれば、一年前に「俺こうなるからさ」と言った事って事実になるんですよね。
【関橋】 そうですよね。目標を持っていて、皆から「えー、やれるワケないじゃん」と言われても、やれるって言った以上はどうやろうかって考える。Howを考えますよね。
【藤田】多くの人って「今何が出来るから積み上げていって来年これが出来るかな」って考えるけれど、だったらもうある枠の中でしか出来ないじゃないですか。
【関橋】 本当にそうだと思います。
(13)日本のマーケティングの今後とは【関橋】 僕は川下の、いわゆる消費者に近いところにいて、藤田さんは川上にいる。でも、ここまでがマーケティングでここからはコミュニケーションでここからがアウトプットで、という風に考えると失敗すると思うんですよね。或る意味、そういう職域っていうか自分の職種を超えて、自分は一つのある目的のための全てのマーケティング活動をしている、という風に思ってマーケティングを考えないと、自由な発想は出ないと思うんです。
【藤田】私が思うに、じゃあマーケティングって何なんだって一言で言うと、売る仕組み作りでしかないんですよね。だから良いプロモーションをするとかいうことにゴールを置くよりも、本当に売れることが大事。しかもセールスの力とかプロダクトの力で売るんじゃなくて、確率論じゃないかなと思うんですよね。どんな商品でもかなりの確立で売り抜けるシステムを我々エージェンシー側は得意先に提供しなきゃいけないし、得意先側は得意先側でシステムとして作っていくことをベースに、何をするかを基軸に考えていけばあまり間違わないのではないか。
【関橋】 なるほどね。それは一番シンプルな答えですよね。僕は一番川下にいるんで、消費者の気持ちがどう動くかということしかないんです。売るっていうことと気持ちを動かすっていうことがくっつけば、絶対売れますよね。
【藤田】そういう意味では、我々は逆に言うと代理店のエージェンシー、僕はそういう意味ではハーフみたいなものなんです。
【関橋】 ハーフ……ニューハーフですね(笑)。
【藤田】すごく思うのが、代理店とお話しているときに、特にハードの部分の商品開発という視点がなかなか入ってこないということです。だからどんなものでも売り抜けるプロモーションプランとかいう風になりがちなんです。でも、悪いモノはやっぱり売れないんだと思うんですね。開発をするというマインドの中で、売れる商品というところから遡っていってデベロップメントまで入っていくようなフローというのは、逆に言うと絶対なきゃいけないと思っています。
僕らは、特に食品とか或る領域に関してはモノ作りそのものが出来ちゃう専門知識とかネットワークがあります。メーカーとお話をする時に僕らが重宝がられるのは、商品の開発のハードの部分までお手伝い出来るので、かなり広くやれるというところがある。
【関橋】 僕の視点からすると素晴らしい商材とか素材をどういう風にお化粧して、どんな魅力があるものにして見せて、それを消費者に欲しいと思わせるということだと思うんですよ。ですから単純にそちらから投げられたボールを僕が取るんじゃなくて、バッティングセンターで一緒に打つ、右と左でバットを振るような感じにならないと、きっとものすごく良いものは出来ないと思うんですよ。
【藤田】あとは、マーケティングって多分考えるときりがなくて、いろんなメソッドもあるんですけど、大事な事はやっぱりやる事だと思うんです。やってみて失敗する事、成功する事によってしか実証されないことってあるじゃないですか。ロジック的には「絶対これいける」って思っても失敗する事いっぱいありますよね。そこで初めて自分が見えてなかったいろんなサブファクターとかシークレットファクターが出てくる。だからやり続けるしかないかなと。今死ぬほど案件やっていますが、案件いっぱいやることでしか、精度は上がっていかないとは思ってます。
【関橋】 物事に対して、やって失敗する事がとても良い事なんですよね。次にどうしようかって学ぶから。エジソンが白熱電球を考えた時に8,999回失敗したけど、失敗したと思わずに「この8,999の素材は使えない」と分かって9,000回目に出来た、みたいな。だからラッキー、有難う、8,999ということです。
僕が思うには、マーケティングの人ってロジカルだっていうのではなく、マーケティングもマジックだって思っていたほうが良いですね。マーケティングの人がものすごい良いマジックを出すことによって消費って動くと思うんです。そのマジックをマーケティングの人が持っていればコミュニケーションで、もっとそのマジックをすごく大きくすることが出来る。決してロジックと考えていただかないほうがいいと思います。
【藤田】そうですね。マジックであり、プラクティカルじゃなきゃいけないかな、と思いますね。
【関橋】 プラクティカル&マジックですね(笑)。
2006年12月対談
≪終了≫
藤田康人氏の最新刊
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