(1)「B to B」「B to C」から「B to B to Cへ」、
ウインウインからマルチウインへ【藤田】私どもダニスコジャパンは食品の素材メーカーで、おそらくもっともマーケティングから遠い世界にいる業界です。いろんな製品があるんですが、一番皆さんに知っていただいているのはキシリトールという、虫歯を予防するという甘味料でしょう。
我々のような食品素材メーカーは基本的にはお客様は企業である食品メーカー。つまりB to B の企業体です。一方で食品メーカーは当然B to C。それを連続性のあるパッケージにして、消費者に対してある価値観をいろんなメソッドを使って伝えていこうというのが我々の考えるB to B to Cという形です。
もう一つ、私が命名したんですが、マルチウインという考え方があります。ウインウインの関係というのが良く言われますが、我々のやり方で言うとウインウインウインウインウインぐらいなんですね。ウインが5つ6つ出てくるということで、これをマルチウインということにしようと考えました。
そもそも、ダニスコという会社は食品素材メーカーとして、いろんな食品の素材、例えば匂いをつけるものだとか味をつけるものだとか、甘味料だったり、そういったものを扱っています。本社はデンマークにあるんですが、もともとの会社の成り立ちはフィンランドからスタートしています。キシリトールと言えばフィンランドというのがあるかと思うんですが、今、日本だけじゃなくて世界の90%以上のキシリトールを、当社一社で供給させていただいています。
キシリトールが日本で食品の素材として使えるようになったのが97年の4月です。それまではおそらくキシリトールという名前も聞かれたことは無かったでしょう。全く皆さんが知らなかったキシリトールが、日本に導入されて1年と2ヶ月後にどのくらいの認知があったかという調査があるんですが、多分名前だけということも含めるとこの時既に9割の人が知っていた。すごい認知度の変化です。ただ、コマーシャルで「キシリトールガム」とか「キシリトール入り」とかいうのを随分やられていたんで、多分広告の影響と効果があったんじゃないかと思うんですが。
【関橋】私もそれで知りました(笑)。
【藤田】一方で、ご注目いただきたいのが認知内容なんです。虫歯予防効果がある、虫歯菌の活性を弱める、というある種の効果効能。これは薬事法の関係上、広告では一切言えません。パッケージにも一切書けない。にもかかわらず1年と2ヵ月後には日本の9割の方がこれを知るに至った。どうやって我々がそれをやってきたか、なぜガムメーカーでなくて素材メーカーである我々がやったのか、というところが今日のお話のポイントになるかと思います。
ちなみにキシリトールガムがどのくらいの市場になっているかと言いますと、2005年のガム市場が約2千億。今、日本のガムの8割がキシリトール。ですから我々が9年間で非常に大きくガム市場を塗り替えていったと言えます。
さらに、砂糖のガムがキシリトールのガムにただ置き換わっただけなのか、というと実はそうではなくて、市場全体が8年間で毎年4%から多いときでは2003年には8.5%伸びています。ご存知だと思うんですけど、お菓子とかそういったかなり成熟したカテゴリーが単年で8%伸びるということは普通あんまり無い。
【関橋】無いですよね。殆ど頭打ちですから。
【藤田】そういう中で、キシリトールという一つの素材が登場したことによってガムという非常に古くからあった商品カテゴリーが、実際2桁近く伸びたということも大きなエポックメーキングと言っていただけるところじゃないかなと思います。
(2)広告が効かない時代の新しいPRの仕組み【藤田】じゃあ素材メーカーのダニスコが何をしたんだというところなんですが、それはPRをベースにしたプロモーションです。初年度で大体テレビでも27番組ぐらい、雑誌で103媒体ぐらい出しました。繰り返しますがこれはガムメーカーではなくて、当社が費用負担をしてPR会社といろいろ仕掛けて露出していった結果です。広告換算で13億ぐらい。
機能性素材と健康食品の世界では実は広告はもうかなり効かなくなっていて、大きな新聞広告よりも小さな健康面とか家庭面の記事が効くという傾向がすごく強くなっていました。ざっと言っても3倍ぐらい価値があるんじゃないかと金額換算してます。機能性食品と言われるものは大体2年目3年目に消えてなくなっちゃう。コエンザイムQ10なんていうのはいい例で、この3年間の露出の比較をすると、100に対して10ぐらいになってしまった。ところがキシリトールの場合、3年目にピークを迎えて、あとは、出っ張り引っ込みはあるんですが大体ピーク時の半分ぐらいをキープしている。
かなりいろんな仕掛けをやっていて、我々の仕掛けたPR露出は、一番最初にNHK、ニュースステーションも20分特集を組んでくれました。
このマーケティングを我々がなぜ主導したかというと、実は私はダニスコの前は味の素にいたんです。キシリトールを味の素が業務提携するという話がありまして、私はその担当をしていたんです。その業務提携は成り立たなかったんですが、日本にオフィスを作るという話があり、私が28歳の時に今の社長と2人でこの会社を作ったんです。
【関橋】 おふたりで。
【藤田】味の素を辞めてきていますから、キシリトールを何とかガムメーカーさんに採用して欲しいとがんばったんですが、その時にガムメーカーさんに言われたんです。「キシリトールって高いんだよね」と。確かに高いんです。
今キシリトールガムは120円。普通のガムは100円ですから2割高く売らないと利益が出ない。なのに虫歯予防はパッケージでは言えないし、広告に書けない。「2割高く売れるわけないでしょ。それでは駄目だよ」とガムメーカーから言われたんです。「それは困ったな、どうしたらいいですか」と聞いたら、「きっと君には出来ないと思うけど、自分達ガムメーカーが何もしなくても日本中の9割の国民がキシリトールの名前を知っている、キシリトールの効果効能を知っている、歯医者さんもキシリトールを薦める、こういう状況を作ってきたら出してもいいよ」と言われたのです。
ガムメーカー、みんなこう仰いました。そこで我々は、5年かけてPR、それから口コミ、インフルエンサーを上手く使って認知を作っていくというシステムを作ったんです。それが今の我々の、いろんな意味でのマーケティングのベースになっています。
例えば、歯医者さんにキシリトールを薦めてもらおうと、歯科向けのガムなんていうのを売ったのが最初です。これは儲からないんです、実際。商品ベースでは赤字なんですが、日本の歯医者さんの四分の一ぐらいがガムを売ってくれると、非常なインフルエンス効果があるんです。商品としては赤字だけど、広告を入れずにPRでも充分なら採算は変わらないでしょう、ということでご提案をしてガムメーカーに出していただきました。実際、日本の歯医者さんで、4万5千軒ぐらい売ってるんで、5億人から6億人が専門家からフェイストゥフェイスで啓蒙されています。
【関橋】信頼しますよね。
(3)情報クリエイティブが必要だ【藤田】 全てのマーケティングのプランニングに我々がディレクションしていく。薬事法の関係もあって、素材メーカーの我々が直接メディアに情報発信をしていったりするのはちょっと難しいので、歯医者さんの団体など第三者機関というのを作りました。ただこれは通常の学術団体と違い、いわゆるNPOみたいな団体です。キシリトールが今やっていることを世の中に普及していくのがミッションだということをわかっていただいた方にやっていただく。それから歯科専門のコンサルティング会社、さらにPR会社を使っていくのです。
でも我々はマーケティング会社ではないので、これでお金が貰えるわけではないんです。我々はガムが売れて初めて素材が売れる事によりお金が貰えます。つまりお得意先であるガムメーカーの製品情報と我々が作った効果効能の情報をリンクしていく。例えば、この時は我々が広告代理店、PR会社、専門家といろいろ仮説を作りました。キシリトールってこういうもので、こんなストーリーだったら消費者が魅力に思ってくれるんじゃないか、という仮説を作った。この時点では、広告とかPRとか口コミとかは考えずにやります。それを何度も何度も篩いにかけていきながらモディファイしていって、これならOKっていうのがまず出来ました。
それが出来てから今度は、薬事法の制限がある中で広告ではどこまで出来るか、PRではどこまで出来るか、口コミではどこまで出来るかと分けて、各担当の企業に作ってもらい、それをまた合わせてもう一回調査をかけて、パーセプションを見ていきながらこれならOKっていうところまで持っていきました。
【藤田】 広告というのはコントロール出来る媒体ですから、頻度とメッセージをかなり体系的にやろうということになる。次にPRですね。テレビの番組で連動性をつけていきながら、最後はやはり歯科専用ガムを売っている歯医者さんに「先生、どうなんですか? テレビでやっているキシリトール」と聞くと「あれはいいんだよ」と答える場面を作る。実は偶然ではなくて我々が想定したパッケージとしてこれをやる。
ただここまでPRをコントロールするためには、情報クリエイティブという考えが必要になってきます。広告クリエイターっていう方はいっぱいいらっしゃると思うんですが、情報クリエイターっていう方は職業としてはいないですよね。でも我々は情報クリエイターというのも一つの職業にしていいじゃないか、という風に思っています。コンテンツをどう作り上げていくか、みたいなところで専門的な知識も当然要りますし、いろんなことが要求されてくる。ですから我々も広告と同じくらいのところでパッケージを作ってしまうんです。キャスティングだったりビジュアルだったり、全て作ってこのまま記事に出来ますよ、このまま番組出来ますよ、というところまでやっちゃいます。
【関橋】 じゃあもうPR会社はただ露出する場所を探すだけですね。
【藤田】例えば雑誌で言うと、敢えて素材の効能を訴求する為に学術意見広告として第三者機関でバイイングしちゃうんです。原稿の中で、特定の商品をイメージしていない段階だと効能を出しても薬事法の規定外なのでOK。で、次に商品の純広が偶然出る、と(笑)。この素材の効能の内容そのものはガムメーカークレジットでも行けるんですが、それだと製品の純広を続ける事は出来ない。一連の広告と見なされてしまうからです。でも第三者機関なら大丈夫です。ただ、最近すごくうるさくなってきているんで、我々は別の2つ代理店を使ったりします。
つまり第三者機関の扱い代理店とガムメーカーの代理店をあえて変える訳です。そこまでも含めて僕らがマネージをするんです。なかなか代理店からそんな提案はないでしょう。
【関橋】 いや、しないですね。絶対しないですねそれは(笑)。
(4)統合型マーケットを目指して【藤田】 クライアントもなかなかそこまで仕切れないので、僕らが代行して仕切っていくような形です。いろいろ考える中で、IMCという統合型のマーケティングを我々は目指しています。
【関橋】 IMC、ですか?
【藤田】 インテグレーテッドマーケティング&コミュニケーションですね。機能性食品に関しては、購買向けに効くのはテレビコマーシャルじゃないです。「あるある大辞典」とかのほうが強い。それから最近はやっぱり口コミですね。あとはWEB。このように、新聞でも広告よりは記事、というようなところがすごく増えている中で、まさに情報クリエイティブというのがあってもいいんじゃないかと思うんです。
広告クリエイティブの場合はアーティスティックというところに対して、僕らはどっちかと言うと事実に基づいたもうちょっと地味な情報を作っていく。今までのPR会社は、ある情報をどう出すかという話だと思うんですけど、僕らのやり方は情報まで作っちゃう。それもちゃんと事前に調査して「これなら買う」という裏を取っておく。でもそんな話はないよね、だったら作ろうと。
ただ、事実を作るためには、例えばキシリトールの場合は歯医者さんだったり、メディアの方だったりが必要。絶対に捏造する事は許されません。つまりいろんな人とウインウインにならないと、そういう事実って作れないんですよね。なのでそのマルチウインという考え方で情報をクリエイティブしていく。そのためには専門性とコーディネート力がすごく必要です。
実は情報クリエイティブってマルチユースでいろんな使い方がある。広告クリエイティブは今までの中心にいて、当然WEBとかもそういう世界でした。一方で情報クリエイティブというのが作れると、最近のバズのPRであったり、SPであったり、或いはプロダクトプレイスメントであったり、実は結構いろんな使い方がある。WEBもどちらかと言うとPR系のことに使った方がいいんじゃないかなと僕は思います。
【関橋】そうですね。情報がすぐ流れますからね。
【藤田】我々としてはこんな感じで素材からスタートしていきながら実際の消費者のマーケティングのスキームのところまで考えています。来年から我々は今の組織からスピンアウトしてマーケティングエージェンシーを作る事を検討しています。
【関橋】素晴らしい。
【藤田】一つはもちろんヘルスケアという部分です。専門的な部分で研究者とのコーディネーションをやったり、統合型のノウハウみたいなところをベースにして食品・医薬品、それから健康家電、化粧品っていうところからスタートしてこうと。
一方でどうやってB to B to C って考え方を作るかというところのコンサルティングもします。それから今、戦略コンサルはいろいろあるけれども、実際のマーケティングのアクティビティのところでなかなか代理店さんと戦略的なところで交わらない。そこで我々が中に入って、決して広告代理店さんの競合業態ではなくて、逆に言うと代理店さんのお手伝いをするということ。その案件のプランニング部分も請け負うようなビジネス業態っていうのもあまり日本に無かったように思います。
【関橋】なるほど。お話伺っていると本当に戦略のプランニングをやられているっていう感じ。全然素材メーカーの方という感じじゃなくてまるで僕と同じ事をやっていますね。(笑)。
【藤田】いえいえ、レベルが違うんで(笑)。
(2)に続く